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もっと知りたい葛飾北斎 [本]

4月8日(土)
永田生慈『もっと知りたい葛飾北斎』(東京美術)読了。

もっと知りたい葛飾北斎―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)

もっと知りたい葛飾北斎―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)

  • 作者: 永田 生慈
  • 出版社/メーカー: 東京美術
  • 発売日: 2005/08/20
  • メディア: 単行本


江戸時代の画家・葛飾北斎の生涯と作品を紹介する。

葛飾北斎は、1760年、下総国生まれ、と言われているが、詳細は不明。
1778年、浮世絵師・勝川春草に弟子入り。
1779年、勝川春朗の名で役者絵を発表。
浮世絵、黄表紙の挿絵などを次々と制作。
1794年、師の死に伴い、勝川派を離脱し、俵屋宗理を名乗る。
1798年、宗理の号を弟子に譲り、北斎辰政(ときまさ)を名乗る。
1806年、曲亭馬琴の家に寄宿して、挿絵を描き、葛飾北斎を名乗る。
1811年、馬琴と決裂。
1814年、絵手本『北斎漫画』刊行開始。
1831年、『富嶽三十六景』刊行開始。
1834年、『富嶽百景』刊行開始。
1849年、90歳で死去。
売れっ子絵師となっても、貧乏暮らしで、改名と転居を繰り返した、偏屈じいさん。
しかし、日本の歴史の中から、画家をただ一人選ぶとしたら、やはりこの人しかないだろう。
『神奈川沖浪裏』のダイナミズム、『凱風快晴』『山下白雨』の崇高、『北斎漫画』の洒脱。
最晩年の画号は笑うなかれ、「画狂老人卍」。
まさに画狂の90年を生きた、画家の中の画家。
凄い人だとは思っていたが、この本でさらにその凄さがわかった。
ちなみに、日本国外で最も有名な日本人画家は、葛飾北斎。
まさに、日本の誇り。

ナッポス・プロデュース『スキップ』の稽古12日目。
3・4・5場の動きをつけました。
その後、稽古場に、元バレーボール日本代表の大林素子さんが登場。
バレーボールの指導してくださいました
大林さんは以前からキャラメルボックスの芝居を見に来てくださっていて、劇団員とは顔なじみ。
今回は岡田達也が連絡して、バレーボールの指導をお願いしたのです。
しかし、本物のバレーボールならともかく、芝居の中でやるエアーのバレーボールのために、大林さんに来ていただくとは何たる贅沢!
よく頼めたな、岡田達也!
しかし、大林さんは2時間にわたって、自ら体を動かして、真摯に指導してくださいました。
おかげで、役者たちの動きは見違えるほどよくなった!
大林さん、本当にありがとうございました。

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